普通の日常の一般的な毎日

29歳の暮らしなど

ドッジボールみたいな

 

小学生の頃、体育でやったドッジボール。他の球技も、陸上競技やプールだって授業にはあったはずなのに、ドッジボールの記憶だけが鮮明だ。

 

子供たちがわらわらと、固まっては散らばり、内野戦士は儚く次々と外野へ。ボールの視聴率は100%、最後の1人になるまで戦いは続く…

みたいな。私は消極的なのでボールには触らず、前にも出ずに避けに避け、最後の3人くらいまでよく残っていた。これを「得意な球技」とは言えない。

 

そのままそんな大人になったなって思うんですよ。避けに避け、負けもしないし勝ちもしないような大人に。決定打に欠ける大人に。虎穴に入らず虎子を得られない大人に。

 

外野からヒーローが現れて、形勢逆転してくれないかな。他力本願で今日もボールを避けている。

「レターパックで現金送れは詐欺」(個人的美文の話)

 

2018年に見つけた私の好きな言葉・個人的美文について。

 

 

レターパックで現金送れは詐欺」
この言葉が好きだ。語感が好き。口に出すと最後までスルスルと繋がって、コロコロとした語感が楽しい。最後が「詐欺」と単語で言い切る形になっていることでメッセージ性が強められており、口に馴染むのに緊張感もある。(てきとう)レターパックの封筒の口の部分に書いてあるので、レターパックを買ったら採集できる美文。

 


「シミ予防、これがプレミアム処方」
小林製薬の「ケシミンクリームEX」のCM( https://m.youtube.com/watch?v=APOBcErmGSU# )末尾に流れるコピー。これも語感が良い。口に出すと楽しい。CM製作者はあえて韻を踏んでるんだろうなあ。忘れたくなくてずっと口ずさんでいたけど、CMが終わったらすぐに忘れた。口当たり良く後味が無いなんてシャーベット美文。

 


最後はちょっと毛色が違うけど
「あせらなくても大丈夫!」

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バスに貼ってあったステッカー。バスが止まってから動けば大丈夫、という本来の意味はもちろん、なんか文字の優しさから日々に焦らなくても大丈夫だよっていうメッセージも感じます。ステッカー作った人がダブルミーニングを仕込んで、日々に疲れた人に向けても書いてくれてるんじゃないかと…そうだといいなって思って…(弱気)私には伝わっていますよ、な美文。

 

 

よいお年をお迎えください。

やっとクリスマスかよ

 

今日は12月24日。12月って世間はずっとクリスマスの雰囲気だよね。街を歩いていた4日前の12月20日、私はハッと気付いた。

 

 

まだクリスマスじゃないのかよ!!

 

 

特に、初めて東京で迎えた12月だったこともあって、どこに行ってもツリーがキラキラしていて、電飾が並木を覆い、サンタ帽を被せられレジを打つ店員…が視界の端にあり続けた20日間。

クリスマスには食傷気味だから、そろそろ別のものが見たい…「クリスマスなんていらない」論争もあるが、「クリスマスムードもっと短くてもいいんじゃないか」論争もあれよ。

と考えて帰宅し、ふと家族にプレゼントしたいなと思った。何を隠そう私はプレゼントが大好きなのだ。家族には帰省する時に都会に売られているおしゃれなお菓子を買ったり、お揃いで靴下を贈ったり。楽しいよね。クリスマスだから、かこつけてプレゼントが出来る!

 

そう思って色々見繕い、家族の女性陣(祖母と母)には無印良品でパジャマを、男性陣(父と弟)にはネクタイを、そして家族で遊べるようにボードゲームも購入。したのが12月22日。

 

 

まだクリスマスじゃないのかよ!!!!

 

 

早く渡したり遊んだりしたいのに!ムードを作って購買意欲まで掻き立てといて何なの!!ムード作ってから長過ぎるんだよ!!

 

そして今日は12月24日。商店街ではサンタっぽい人達が餅をついていた。
やっとクリスマスだよ。

毎日マクドナルドのことを考えている

朝起きて支度したり家を出る頃に「今日こそマクドナルドを食べよう、食べたい!」という強い意志が現れる。

 

ポテトはもちろんLサイズ。できればLサイズを2つ食べたい。あれは美味しすぎる…へその緒から摂取してたのか?てくらい抗えない旨味。肝心のバーガーは悩むけどダブルチーズバーガー。ピクルス多めで、と伝えるとレジの外国人のお姉さんがわかってるね、みたいな顔してくれる。"ダブルチーズ"と言いつつも重すぎなくてペロっと食べられるところがいい。

 

こんなに大好きなマクドナルド。迎え撃つ私もベストな状態を整えて食べたい。イートインならすぐ食べられる。でも店はざわざわしている。優しい価格設定が仇になっている…痛し痒しである。テイクアウトするか?いやポテトが冷める。この前なんて冷めていくポテトを見過ごせずに、帰り道で食べ切ってしまったじゃないか。落ち着いて味わいたいのに。

 

今日も結局、スーパーに寄って帰って自炊コースだ。毎日それの繰り返し。マクドナルドを食べたい、その強い気持ちに追いつかない私の住環境(というほどでもないけど)。今日もポテトが歯に挟まったように歯がゆい。

キッチンが好きだ。

 

都内の1Kのキッチンなんて高が知れている。横幅1メートルの右半分がコンロ、左半分が流しになっていて、その狭さを縫って調味料や洗い物カゴを配置している。コンロを背にすると冷蔵庫と洗濯機がある。洗濯機はフタをしめておいて、切った野菜を置き、炊いたご飯を冷凍前に冷まし、ケトルでお湯を沸かす場所に丁度いい。存在はアンマッチだけど、役割を果たしてキッチンに馴染んでいる。

 

流し下の収納はがらんどうだったので、機能性を持たせる必要があった。棚を入れて、カゴを入れて、そしてようやく鍋やらザルやら食器やらを仕舞った。引っ越してから少しずつ、買い足して配置し直して今のキッチンがある。

 

どこの家の作りもそうだと思うが、キッチンの照明はその狭さからするとちょっと過大な気がする。部屋としてのキッチンに付けられたLED、ピンポイントに流しを照らす蛍光灯、そして換気扇にもライトがひとつ。

 

最近では、食事もそのままキッチンで済ます。コンロと流しの間、20センチもないそこにトレーを置いたら、ひとり暮らしの食卓の完成だ。沢山の小さな照明に照らされて、狭いキッチンにスツールを持ち込んでの夕餉。実家の父が見たら泣くだろうな、それくらい切なくて行儀が悪い。

 

でもやっぱりキッチンが好きなのよ。私に使いやすく配置された物たちが並ぶ、狭い城。これからも作る楽しみと食べる楽しみ、苦手だけど後片付けも、このキッチンと共に。

私の中学生の頃の話 #8月31日の夜に

Eテレにて放送された #831日の夜に に寄せて。

 

中学生の頃が人生でいちばん最悪でした。もうあまり思い出せないしやり直しすらしたくないです。家族にも話していない、硬いかさぶたの奥の話です。

 

中学生女子の 部活での いざこざのほこさきに私がいて(私が周りをイラつかせるからダメなんです。バスケ下手だし、眉毛も揃えてないし、先輩にも先生にも可愛がられないし、男子と話せない。元気よく話しかけられない。)

 

今思い出しても 本当に残念な毎日でした。折れてはいけないと、顔を強張らせながら体育館に入って行く。チームメイトから無視される。バスケも下手くそ。でも夏休みは毎日部活。毎日無視される。明日も部活。

 

学校が価値観の全部だった

私には何の価値も無かった

 

 

このときの居場所の無さが圧倒的に今の私を構成しています。

 

 

私は我慢強くなりすぎました。自分の辛い気持ち、あの毎日が最悪だとわかりつつも、逃げ出せない鈍さ。というか逃げるって何?どこへ?普段の生活の中で直面する嫌な言葉、嫌な気持ち、行きたくない飲み会、嫌いな人、そういうものも乗り越えないといけないと思ってしまいます。強く在らねばと。

 

全然、乗り越えなくてよいと最近ようやく思うようになりました。電車の中にうるさいカップルがいて不愉快でも、イヤホンして好きな音楽聴いてればいいし、キラキラばかり目に入って自分がみすぼらしく思える都会の人混みの中では下を向いて歩けばいい。大発明です。行きたくない飲み会も嘘をついて断るようになりました。やっと中学からの呪いが解け始めました。

 

 

私は一生許せません。

今、そういう思いをしている子たちが少なからずいることを思うと胸が苦しい。今苦しんでいる人に、「将来いい経験だったと思えるよ」なんて言えません。私は結局和解しないまま卒業して、何も腑に落ちてないし。今も呪いにかかってるし。

 

しかし、

晴れた日に気持ちよく太陽を浴びたり

できたてのご飯を誰かが作ってくれたり

気兼ねなくお酒を飲みまくったり

長年聴きたかった曲をライブで聴けたり

深夜ラジオの話をし合ったり

廊下ですれ違うときに笑顔で会釈されたり

知らない町の盆踊りに飛び入り参加してみたり

めっちゃ楽しくて幸せなことが

大人になってからあったので、驚きです。

 

人生にはいろんな種類の楽しみがありますね。バスケが下手くそでも、生きてていいんだよって、中学生の自分に分からせてあげたい。弱音を吐ける相手になって共感してあげたい。無意識にこわばっていた身体を柔らかくしてあげたい。

 

 

いま悲しんでいる誰かを励ますほどのことは出来ないけど、人生を手放したりせず28歳になった自分のことを、褒めちぎってあげたいです。

無題

ずっと何気なくそばにあったものが、人生の途中で突然価値を持って輝き始めた。

 

 

何があったかというと、漫画「名探偵コナン」にハマったのだ。

 

何気なくそばにあった、というのは漫画本が家にあったということではない。私の地元・鳥取県は、コナンの作者青山剛昌先生の故郷で、私が物心ついた頃には鳥取はコナンでの町おこしをガンガンに行なっていた。私はふーんと思いながら気にも留めず生活をして、高校卒業と同時に県外に出た。

 

それが何だ!ここ半年で映画と漫画でコナンにハマり、急に地元が聖地になってしまった。いや、元々聖地だったんだけど、私にとっての聖地が地元になったというか…急に聖地になって…パーン!(破裂)

 

小学生の頃、子どものいる家庭に配られた地域振興券なるもの、ご当地の絵柄が各県で入っていたが、アレもコナン君の絵柄だった。学校の図書館にはコナンの漫画本があった。帰省するときに必ず使う鳥取コナン空港、等身大フィギュアだけでなく作中に登場する喫茶店「ポアロ」まであった。

 

全部横目でスルーして生きてきたけど、地元めっちゃコナンの聖地ですやん…

 

ハマってからもう2回帰省して、「青山剛昌ふるさと館」(原画やポスターや先生がシャアのコスプレしてる写真やらが飾られている)にも行った。帰省するから行くのか、行きたいから帰省しているのか、もうよくわからないよ。

 

コナンが末永く続きますように…!
青山先生がずっとお元気で漫画を描けますように…!